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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)573号 判決

原告 生野正繁

右訴訟代理人弁護士 戸田正明

被告 ソワード株式会社

右代表者代表取締役 濱田孝光

〈ほか二名〉

主文

一  被告ソワード株式会社及び被告濱田孝光は、連帯して原告に対し、金九五〇万円及びこれに対する昭和六二年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告藤田一昭に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告ソワード株式会社及び被告濱田孝光との間で生じた部分は同被告らの負担とし、原告と被告藤田一昭との間で生じた部分は原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して原告に対し、金九五〇万円及びこれに対する昭和六二年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告藤田一昭の答弁

主文二項と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告藤田一昭(以下「被告藤田」という。)は、広告付福引券郵便シール(以下「郵便シール」という。)の発行元である訴外万国郵便福祉協会(以下「協会」という。)の専務理事である。

被告ソワード株式会社(以下「被告会社」という。)は、右郵便シールの販売・配付に関する総代理店であり、かつ各地域における右郵便シールの取扱配付指定代理店契約を締結する窓口となっている。

被告濱田孝光(以下「被告濱田」という。)は、被告会社の代表取締役である。

2  原告は、「奈良ワールド企画」の名称で、被告会社との間に、昭和六〇年三月九日付及び昭和六一年六月一八日付で協会発行の郵便シールの販売に関する取扱配付指定代理店契約(以下「本件契約」という。)を締結し、右各契約締結日に被告会社に対し、それぞれ代理店保証金として金六〇〇万円及び金五〇〇万円合計金一一〇〇万円を預託した。

3  被告会社の保証金返還義務

(一) 合意解除

原告は、昭和六一年一〇月頃、被告会社との間に、本件契約を合意解除した。

(二) 公序良俗違反による本件契約の無効

郵便シールの福引は、刑法で禁止されている富籤に該当する疑義があり、また、被告らを頂点とする郵便シールの販売組織は、必然的にねずみ講的組織とならざるを得ず、傘下の代理店を多数開発していかなくては、郵便シールの販売自体軌道にのらず、被告らは、代理店契約に伴う保証金の取得そのものを目的としたものである。したがって、本件契約は、公序良俗に反し無効である。

(三) 協力義務不履行による契約解除

被告らは、本件契約の締結に際し、原告の営業・販売組織の確立について協力・指導する旨約した。

しかしながら、被告らには、その後何ら協力・指導態勢は見受けられなかった。

そこで、原告は、被告会社に対し、昭和六二年三月一四日到達の内容証明郵便で、右協力義務違反を理由に本件契約を解除する旨の意思表示をした。

4  被告濱田の保証金返還義務

(一) 連帯保証もしくは重畳的債務引受

被告濱田は、昭和六二年一月二四日頃、前記合意解除に伴い、原告に対し、保証金の返還につき、連帯して責任をもつ旨回答した。

したがって、同被告は、右保証金返還債務について、連帯保証もしくは重畳的債務引受をしたものである。

(二) 取締役の第三者に対する責任

被告濱田は、被告会社の代表者であり、被告会社の実権を握る者である。したがって、被告濱田は、原告に対し、被告会社が前記協力義務違反により原告に与えた損害について、商法二六六条の三に基づき賠償すべき義務がある。

5  被告藤田の保証金返還義務

被告藤田は、昭和六二年一月二四日頃、前記合意解除に伴い、原告に対し、保証金の返還につき、連帯して責任をもつ旨回答した。

したがって、同被告は、右保証金返還債務について、連帯保証もしくは重畳的債務引受をしたものである。

6  原告は、昭和六二年八月頃、被告らから右保証金の一部返還として金一五〇万円を受領した。

7  原告は、昭和六二年一月二三日到達の書面で、被告会社に対し、同月末日までに原告訴訟代理人事務所に持参又は送金して右保証金を返還するよう催告した。

8  よって、原告は、被告らに対し、金九五〇万円及びこれに対する履行期後である昭和六二年四月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

(被告会社及び被告濱田)

同被告らは、適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したものとみなされた答弁書には、被告会社が、原告主張の保証金を受領したことは認める、本件契約には保証金は一〇年間の被告会社の手元に据え置く旨の約定がある、被告会社は原告に対し、昭和六二年一〇月末金一〇〇万円、同年一一月末金一〇〇万円、同年一二月末金一五〇万円を返済している旨の記載がある。

(被告藤田)

請求原因5の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、被告らにおいて明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

二  請求原因2の事実について判断するに、《証拠省略》を総合すれば、原告は、「奈良ワールド企画」の名称で、被告会社との間に、昭和六〇年三月九日付及び昭和六一年六月一八日付で本件契約を締結し、右各契約締結日に被告会社に対し、代理店保証金としてそれぞれ金六〇〇万円及び金五〇〇万円合計金一一〇〇万円を預託したことが認められる(右預託の事実は、原告と被告会社及び被告濱田との間では争いがない。)。

三  請求原因3の事実(被告会社の保証金返還義務)について判断する。

《証拠省略》によれば、原告訴訟代理人が昭和六二年一月二三日到達の内容証明郵便で被告会社に対し本件契約は既に合意解除されているので保証金一一〇〇万円を同代理人事務所に持参又は送金して返還されたい旨要求したのに対し、被告会社は、同月二四日付返信で同代理人に対し回答したが、右返信の中には、「さて、貴意によると、代理店契約を可及的すみやかに解除希望の申し出を受ましたので、先生の御満足の出来るように万全の努力申し上げます」、「なお、解約金の返済については先生と御相談の上、分割にて返済させて頂きたいと存じますので何分の御配慮賜り度、伏てお願い申し上げます。」との記載があることが認められる。

右認定事実によれば、本件契約が原告と被告会社との間において合意解除されたことは、被告会社も了解していたものというべきである。

しかして、《証拠省略》によれば、本件契約の契約書第三条には、「甲(被告会社)は乙(原告)に対し、乙(原告)がそのテリトリー内で配付したる郵便シールの枚数に応じて広告賛助金の三五パーセントを支払う。」旨、第六条には、「保証金は、最終差入日より一〇年間据置き、一一年目の初日を第一回とし、以後毎年一回宛該当月日を定め、その該当月日より過去一年間の乙(原告)の郵便シールの売上代金の三パーセントを甲(被告会社)は乙(原告)に支払うものとする。」旨それぞれ規定されていることが認められる。

そこで、前記保証金授受の趣旨について考えるに、前記本件契約の内容に照らせば、原告と被告会社との間の継続的な協会発行の郵便シールの販売に関する取扱配付指定代理店契約に伴い、生ずることのあるべき被告会社の損害を担保する趣旨であり、前記返還に関する据置期間の約定も右のような観点から理解されるべきである。したがって、被告会社において債務不履行の事実があり、その故に、契約の維持が不可能となり、やむなく、契約が解除(合意解除を含め)され、被告会社において損害の発生を考慮する必要がなくなり、通常取引が全く期待されなくなったような場合には、据置期間の約定の存在を理由に保証金を被告会社の手元に止めておく合理的理由がないといわざるを得ず、かかる場合は、右据置期間の約定は適用されないというべきである。

しかして、後記認定の事実によれば、原告と被告会社との間の合意解除は、被告会社が原告傘下の代理店の獲得に協力しないなどその債務不履行に起因して契約の維持が出来なくなったため他にとるべき方法もないため、解除されたものと認められるから、前記据置期間に関する約定は適用されない場合に該当するというべきであり、被告会社は原告に対し前記預託にかかる保証金を返還すべき義務があるというべきである。

四  請求原因4の事実(被告濱田の保証金返還義務)について判断するに、原告は、被告濱田は、昭和六二年一月二四日頃、前記合意解除に伴い、原告に対し、保証金の返還につき、連帯して責任をもつ旨回答したと主張し、原告本人及び証人水本ミキエは、右主張に沿う供述をするが、右各供述は俄に措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告濱田が保証金返還債務について連帯保証もしくは重畳的債務引受をした旨の原告の主張は失当というほかない。

進んで、被告濱田の商法二六六条の三に基づく責任について判断する。

《証拠省略》を総合すれば、本件契約を維持し原告が利益を取得するためには、契約内容からして必然的にいわゆるネズミ講的に傘下の代理店・特約店を多数開発し、それらと広告スポンサー・協賛者との間で郵便シールに載せる広告の掲載契約を締結せしめ、広告料金を徴収する必要があること、被告濱田は、本件契約締結前に代理店獲得に協力する、著名人の名前を挙げ、将来は協会を財団法人としこれらの者を理事等として迎える、原告にも理事になってもらう、などと誇大な約束しておきながら、契約締結後はこれらの約束を全く実行せず、その結果原告としてはもはや本件契約の維持は不可能と考え、被告会社に対し前記合意解除の申出をするに至ったことが認められる。

右認定事実に基づき検討するに、同被告は、前示のとおり被告会社の代表取締役であり、対外的には被告会社を代表し、対内的には業務全般の執行を担当すべき職務権限を有するものであって、会社に対して負う善良なる管理者の注意義務、またその忠実義務にしたがって、被告会社をして本件契約に関して債務不履行責任等を負わしめざるよう本件契約成立後速やかに原告の代理店獲得等に協力するなどして右契約の維持を図るべき任務があることは明らかであるにもかかわらず、全くその措置を講ぜず漫然放置したために被告会社をして、債務不履行責任を負わしめ、その結果結局は原告との間の本件契約を合意解除のやむなきに至らしめる事態とならしめたものである。したがって、被告濱田は、悪意または重大なる過失によってその任務を怠ったものというのに妨げなく、右任務懈怠によって直接原告が被った損害については、被告会社とは別個独立に連帯して賠償すべき義務があるものというべきである。

ところで、原告の請求の趣意は債務不履行に基づく本件契約の(合意)解除の結果被告会社との間になされるべき原状回復と同一内容の履行を被告濱田の任務懈怠を原因に同被告に対して求めるものと解せられるところであるが、本来、原状回復というも、解除の結果、債務者が法律上の原因なくして利得することとなった反面、債権者の損失に帰することとなったところの給付の目的物の返還をなさしめるものであるから、かかる原状回復を図るべき損失もまた商法二六六条の三にいう損害に含まれるものと解するのが相当であり、原状回復の事態を惹起せしめた取締役に対しその賠償をなさしめるべきものと解することは、第三者保護を目的とした同条の趣旨に合致するものというべきである。

五  請求原因5の事実(被告藤田の保証金返還義務)について判断するに、原告本人及び証人水本ミキエは、被告藤田が、前記合意解除に伴い、パイナップルの輸入販売の事業をしているので、被告濱田が保証金を返還しないのなら、自分の責任の範囲で返還すると言った旨供述するが、右供述は、《証拠省略》に照らし俄に措信できず、他に本件全証拠によるも原告の主張事実を認めるに足りない(《証拠省略》によれば、被告藤田は、被告濱田とともに本件契約の締結交渉及び前記保証金の返還交渉に関与し、これら交渉の中で協会が被告会社の上部団体として位置づけられていたことが認められるけれども、協会と被告会社の経営内容、両者の関係等本件一連の経緯は原告によって十分解明されているとはいえず、右のようなことだけから被告藤田において原告主張のような連帯保証ないし債務引受をなす必然性があるとは速断できない。また、甲第二号証、第四号証《いずれも原告訴訟代理人宛返書》には被告会社とともに被告藤田の名前が併記されているけれども、《証拠省略》によれば、同被告がこれら文書の作成に関与したものとは必ずしも断定できない。)。

六  昭和六二年八月頃、被告らから右保証金の一部返還として金一五〇万円を受領したこと(請求原因6の事実)は、原告の自認するところである。

七  請求原因7の事実は、三項に認定の事実からこれを認めることができる。

八  被告会社及び被告濱田は、被告会社が、昭和六二年一〇月末金一〇〇万円、同年一一月末金一〇〇万円、同年一二月末金一五〇万円を返済している旨主張するが、被告会社が前項の限度を超えて原告に対し保証金を返還したことを認めるに足りる証拠はない。

九  以上の次第で、原告の被告会社及び被告濱田に対する請求はいずれも理由があるから認容し、被告藤田に対する請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小澤一郎)

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